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天皇在位年数の考察
文/安部奈亮


その存在が史実とされる第26代継体天皇から第49代光仁天皇までの平均在位年数を算出する。
まず4分類して計算する。
第一群…継体〜じょめい(大化の改新以前)
第二群…皇極〜天智(大化の改新)
第三群…天武〜元明(律令制備期)
第四群…元正〜光仁(平城京における律令機能期)
なお、皇極、斉明、孝謙、称徳はそれぞれ1人とみなす。弘文は除外する。
第一群15.0年、第二群7.5年、第三群10.5年、第四群11.0年
第二群が短いのは、皇極が大化の改新によって事実上失脚したからと思われる。
全体ではは11.38年、約11年といえる。
平安時代・・・桓武〜後鳥羽12.67年
鎌倉時代・・・土御門天皇〜後醍醐天皇10.00年
南朝…後村上天皇〜後亀山天皇17.67年
北朝・・・孝厳天皇〜後小松天皇13.50年
室町、戦国・・・称光天皇〜後陽成天皇28.43年
江戸時代・・・後水尾天皇〜孝明天皇18.21年
継体天皇〜後醍醐天皇11.87年
以上から見ても、鎌倉時代までは天皇の在位年数は約11年といえる。
そこで、古代の天皇の平均在位年数を11年と仮定する。

継体天皇以前の天皇を見てみる。
履中天皇〜武烈天皇は、允恭天皇の43年が少々気にかかるが、在位年数は常識的である。
平均在位年数を計算すると11.89年となり、仮説とよく一致する。
半神話的な天皇に11年説が一致したことは重要である。
履中天皇〜武烈天皇の在位年数と即位年数は史実であるとする。
12年は干支の一巡である。人間のライフサイクルの一期間なのかもしれない。
3王朝説 謚に「神」の字がある天皇は王朝の創始者であるという説があるので(井沢元彦先生)、継体天皇以前の天皇を次の3王朝に分類す る。
A王朝・・・神武天皇〜開化天皇
B王朝・・・崇神天皇〜中哀天皇
C王朝・・・応神天皇〜武烈天皇
この分類のほかの根拠は、
崇神天皇のとき日本の神道の大変化があったという説がある(梅原猛先生)
A王朝の墳墓は大和盆地の葛城郡にあるが、B王朝の墳墓は、大和盆地の磯城郡にある。
崇神天皇の忌み名は、「ハツクニスラシノミコト」である。つまり、「初国統べる」であり、創始者にふさわしい。(これは、神話的な天皇 は、その忌み名さえも後世の創作であることを意味する)
「哀帝」は、中国では、その王朝の最後の皇帝につけられる。天皇の謚は中国の文献からとられている。仲哀天皇は、B王朝の最後 の天皇といえる。
仲哀天皇の死後から、応神天皇が即位する間1年半の空白があり、その間は神功皇后が、胎中の応神天皇を擁して指揮を執ったと 言われている。つまり。B王朝の断絶を意味する。
B王朝の墳墓は河内にある。(最後の3人は大和盆地である、したがってB王朝は前期と後期に分けられる。) 継体天皇のときに王朝の交代があったことは今や定説となっている。
よって、上の3分類はそれなりに根拠がある。 しかし、AとBとの間は完全な交代ではなく、発展的交代だと私は思っている。

神話上の天皇の即位年
神武天皇〜仁徳天皇に11年説を当てはめて、神話上の天皇の即位年を探ってみる。
各王朝の神話上の平均在位年数は、
A王朝・・・62.56年
B王朝・・・73.40年
応仁天皇、仁徳天皇・・・65.00年
神話上の天皇の在位年数が異常に長い理由は、日本書紀の著者が日本の紀元を紀元前660年にするために操作を加えたからである。
紀元前660年は、中国の暦では非常に大切な年で、全てが始まる年であるとされている。
この辺の話は、梅原猛先生の「聖徳太子」に詳しい。
しかし、いくら操作を加えるといっても、完全なる創造はほぼ不可能である。
史実の整数倍が一番簡単だろう。
その整数として6を採用する。
6で各王朝の平均在位年数を割る、
A王朝・・・10.42年
B王朝・・・12.24年
応神天皇、仁徳天皇・・・10.85年
神武天皇〜仁徳天皇・・・11.04年
11年説によく当てはまる。
神話上の在位年数を6で割る方法で、在位年数と即位年数を求める。
1、神武天皇・・・即位年西暦紀元後223.2年、在位年数13.2年
2、ねいせい天皇・・・236.5年、5.5年
4、安寧天皇・・・242.2年、6.3年
5、い徳天皇・・・248.3年、5.8年
6、孝昭天皇・・・254.1年、13.8年
7、孝安天皇・・・267.9年、17.0年
8、孝霊天皇・・・284.9年、12.7年
9、孝元天皇・・・297.6年、9,5年
10、開化天皇・・・307.1年、10,0年
11、崇神天皇・・・317.1年、11.3年
12、垂仁天皇・・・328.4年、16.7年
12、景行天皇・・・345,1年、10.0年
13、成務天皇・・・355.1年、10.2年
14、仲哀天皇・・・365.3年、13.0年
15、応神天皇・・・378.3年、7,2年
16、仁徳天皇・・・385.5年、14.5年
17、履中天皇・・・400年、6年
18、反正天皇・・・406年、6年
19、允恭天皇・・・412年、42年
20、安康天皇・・・454年、3年
21、雄略天皇・・・457年、23年
22、清寧天皇・・・480年、5年
23、顕宗天皇・・・485年、3年
24、仁賢天皇・・・488年、11年
25、武烈天皇、499年、8年
26、継体天皇・・・507年
天皇年代考を踏まえて、私なりに日本の古代史を再現してみました。

紀元後2世紀・・・ニニギノミコト、ヒコホホデミノミコト、ウガヤフキア エズノミコトは、大隅と薩摩の隼人の酋長であった。
200〜220・・・神武天皇が、タカチホの宮(宮崎県都城盆地)を制服 クナ国を建設する。
3世紀前半・・・ヒミコ(アマテラスA)を女王とする北九州のヤマタイ 国がイズモを征服。(国譲り神話)
239・・・ヒミコが魏に朝貢
250頃・・・皆既日食とクナ国侵寇によってヒミコ死亡(天岩戸神話)
イヨ(アマテラスB)女王になる。
266・・・イヨが晋に朝貢
230〜280・・・クナ国と吉備が同盟してヤマタイ国に侵寇
クナ国が九州統一、ヤマタイ国を継承(便宜上以後 ヤマトと呼ぶ)
吉備がイズモを征服
280〜300・・・ヤマト、吉備を征服(吉備津彦神話)
吉備高嶋の宮に遷都
300〜320・・・ヤマトが畿内の葛城王国を征服
葛城王朝の残存勢力は葛城氏となる。
320頃・・・崇神天皇、大和盆地に遷都、宗教改革
350頃・・・景行天皇、東国征服(日本武尊神話)
4世紀中期・・・朝鮮半島南部で三国時代始まる。日本にも動揺が 伝わる。
380頃・・・弁韓系の渡来人勢力の応神天皇が河内王朝(B王朝)を 建国
5世紀前半・・・河内王朝、中国に朝貢、朝鮮半島に侵寇
5世紀中期・・・允恭天皇の王子達、皇位継承争い。
480頃・・・允恭系、皇位継承争いと外征で疲弊、履中系に王位が 移る。
5世紀後半・・・高句麗が興隆
6世紀始め・・・反履中系(蘇我氏、物部氏、大伴氏)越しの国のオオ ド王(継体天皇、高句麗人?)を招聘、大和盆地で内 乱。
507・・・継体天皇即位













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