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歴史と鏡



1.はじめに

 「私は歴史を愛します。もし愛していなければ歴史家などにはなっていないでしょう。   生活を二つに分けて、一つは愛情なしに片づける仕事にあて、もう一つは自分の深い   欲求を満たすために取っておく―このようなことは自分が知的職業を選んだ場合、こ とさら忌むべきことです。私は歴史を愛します。そこで本日私の愛するものについて   諸君に語ることを、当然のことながらうれしく思います。」
      (リュシアン・フェーヴル「歴史を生きる―歴史学入門」、同著、長谷川輝夫訳 『歴史のための闘い』平凡社ライブラリー、1995、所収)
 
 この一文は、『社会経済史年報』をマルク・ブロックと共に創刊し、のちに、「アナール学派」と呼ばれる 新しい歴史学の潮流を築いた、リュシアン・フェーヴルというフランスの歴史家が1941年にフランス高等師範 学校で始業にあたり学生相手に行った講演の冒頭です。筆者の歴史に対する思いと、全く同感の思いが語られ ているため、ここに掲げました。筆者も歴史を愛しながら研究を行ってきました。
 本稿は、そんな筆者が大学で四年間歴史を学び、思い至ったことを綴ったものです。歴史が好きでこのサイ トを訪れ、この文章をご覧になってる皆さんが、歴史を学ぶ道しるべになれば、という思い、また、愛する歴 史の事について語る嬉しさ、をこめながら書きました。

2.歴史と鏡

 当然のことですが、歴史というものは過去を総称する言葉です。ですが、私たち現代人の今日の営みは、こ れまでの歴史の展開の延長線上に、成り立っています。よって、その歴史を観るまなざしは、取りも直さず、 現代を観るまなざしへと転化可能です。つまり、歴史に対する認識というものは、現代社会に対する認識と、 とても密接な関係にあります。このため、歴史は「鑑(かがみ)」であると昔から言われています。ですから、 鎌倉幕府の歴史を叙述した書物は「吾妻鑑」と名づけられているわけなんです。この「鑑」という言葉には、 「模範」とか「手本」という意味があります(余談ですが、徳川家康はこの「吾妻鏡」を座右の書として、幕 府政治の手本にしたと言われています)。が、同時に、私たちがこんにち、顔などを映すために使う「鏡」の 意味も含まれています。
 つまり、私たちが歴史という鏡を見るとき、その鏡には、私たちが持っている社会認識が反映された歴史が映 るのです。歴史と現代の両者には、このような関係があるため、歴史認識を磨く事は、すなわち社会認識を磨く ことに繋がります。もちろん、その逆もまた然りです。この辺りに、歴史を学ぶ、また歴史から学ぶことの意義 があるのではないかと思われます。 
 ここで、ベネデクト・クローチェというイタリアの歴史家が『歴史の理論と歴史』という著作の中で語った言 葉に耳をかたむけてみましょう。

「現代の歴史が直接に生から発したものであるとするならば、過去の歴史と通称せられている種類の歴史もまた同 様に生から直接に成立するものである。何故ならば、現在の生の関心のみこそが人を動かして過去の事実を知ろ うとさせることができるということは明かである。したがってこの過去の事実は、それが現在の生の関心と一致  結合されている限りにおいて、過去の関心ではなく現在の関心に答えるのである。・・・・『すべての真の歴史は現  代の歴史である』という命題の正しさは、歴史叙述の実際の中に容易に確証され、豊富にまた精確に実証されて  いる。」
     
      (羽仁五郎訳『歴史の理論と歴史』岩波文庫、1952。旧仮名遣いの原文を現代仮名遣いに改めた。)

 クローチェが指摘するように、歴史は、我々現代人が「史実」という素材に関心を抱き、それに「解釈」というフ ィルターを通すことにより創られるものです。そのフィルターは、現代の「関心」や「時代風潮」といったものから は、決して自由ではありません。従って、「歴史」という過去の事実を考えるときにも、我々は、必然的に「現代」 について考えているのです。
 世の中の学問には、法学や工学などすぐに実地に役立つ「実学」と、実地に役立たない「虚学」の二種類があると言 われています。そして、その「虚学」の代表選手のように言われてしまっているのが、歴史学です。
 でも、ここで少し立ち止まって考えてみましょう。確かに、21世紀を迎えた現代において、例えば、17世紀の寛永期 に幕藩制がどういう変質を遂げたかという問題などは、瑣末な問題のように思われるかもしれません。ですが、我々は 「寛永期」という素材を使って「現代」について考えているのではないでしょうか。とすると、歴史学は「過去」を考 察する学であることはもちろん「現代学」、もっといえば、私たちがどこに向かっているのか、を考察する「未来学」 でもあると言えるのではないでしょうか。こうなると、歴史学も立派な「実学」といえるのではないかと思います。
 しかし、気をつけねばならないことがあります。筆者は、社会認識と歴史認識は密接だと述べました。従って、一方が 歪んでいればもう一方にも、必ず歪みが生ずることになるということです。その機微を、日本近世史研究の朝尾直弘氏 (京都大学名誉教授)はこう述べておられます。

「歴史が現代に生きる人々にとっての鏡であるからには、歴史学者は同時代人の心情・意識を共有し、その問題関心を  みずからのうちで自覚的に整理し、思考を深めていなければならない。人々が意識の表面にのせることなく、気づいて  いない深部の欲求もふくめて。ここに、古いことがらを研究する歴史学のアクチュアルな側面がある。ただその際、視  野が狭隘で偏向していると、鏡面の一部が肥大し、巨像(虚像)を結び、誤った歴史像を提供することになるので注意が  必要だ。」                             (アエラムック『歴史学がわかる。』朝日新聞社、1995) 
 
 先にも書きましたが、我々は真っ白な状態で歴史を観る事は出来ません。だからこそ、鏡を覗いた時、そこに虚像が映 じないように、社会認識を磨かなくてはなりません。そのためには、車の両輪である歴史認識をも同時に磨く必要性があ るでしょう。そこにこそ、歴史を学ぶ意義があるのではないかと思います。

3.結びにかえて 

 以上、筆者が歴史学の道に入ってから、ずっと考え続けてきた「歴史を学ぶ意義とは」という課題に対し、筆者なりの解 答を用意したつもりです。とはいえ、そうそう簡単に答えが出せる問題でもありません。今後も検討していくべき問題と考 えています。読者の皆さんのご意見をお待ちいたしております。
 なお、私事で恐縮ですが、この文章を、筆者をいつも支えてくれるK・Yさんに謹んで捧げたいと思います。













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