「日本史」授業における歴史的意義
文/直弼
1.はしがき
いささか旧聞に属することではありますが、先日、当掲示板に興味深い投稿
がなされました。中学の試験に、第一次世界大戦において登場した新兵器を問
う、という問題が出た、という趣旨の投稿でありました。
それに対して私は、そのような瑣末な事柄ではなく、もっと通観的な、すな
わち歴史的にみた第一次世界大戦の意義、というようなことを問うべきではな
いか、と疑問を提示しました。その意見に対しては批判も寄せられました。
そこで、この問題について「歴史的意義」という概念を軸として今回は考え
てみたいと思います。
<歴史的意義って何だろうか>
そもそも「歴史的意義」とは何であるか。私なりにその解釈をすれば「歴史
全体から見て、ある一つの事柄に与えうる意味」、すなわち「その事柄の後、
歴史上に起こった変化を遡源的に追及したとき、その変化を惹起したと思われ
るある一つの歴史的事象が持つ性格」というような意味になるのではないかと
思われます。
たとえば、安良城盛昭氏という近世史研究者の方が書いた論文に「太閤検地
の歴史的意義」という名論文があります。この論旨を一言で言うと「豊臣秀吉
が実施した太閤検地を契機として日本は封建制へと変化した」というものです。
すなわち、幕藩封建社会(江戸時代)という時代の変化の要因を遡源的に追究す
ると、その要因は太閤検地であり、その封建社会を規定したがゆえに太閤検地
は歴史的な意味を持った出来事である、ということです。この論文が発表され
たのは1954年、今からちょうど半世紀前のことですが、その間、誰もこの概念
に代わるものを提供できていませんし、また、賛成反対はどうあれ、私のよう
に近世(江戸時代)を研究している者は、全ての者が前提としている概念ですか
ら、今日、日本の歴史を理解する上で定説になっているといってよいでしょう。
むろん、日本史の教科書もこの図式にのっとって書かれています。
とすれば、太閤検地が後世に与えた影響を問うのか、それとも、後世への影
響は一切忘れて、京枡や一地一作人の原則のことだけを問うのか、どちらが本
当に歴史を理解するのに役立つか。答えは自明でしょう。
<意義が先か事象が先か>
ここまで読むと、教科書に載っていることだけが歴史的意義を有するのかと
言う疑問が浮かぶことと思われますが、そうではありません。教科書に載って
いないことでも歴史的意義を持つ事柄は多くあります。非常に煩瑣になるので
具体例は挙げませんが、私のように専門に歴史を学んでいる人間などは、ある
出来事にどのような歴史的意義を与えうるのか、もっぱら追求しているといっ
てもよいかもしれません。それはもちろん、教科書に載ってるような事だけで
はなく、歴史上に起こったこと全てについてです(もちろん各人固有の研究テー
マはあるのですが)。私は近代史が専門ではないのでよくは存じませんが、兵器
について、その歴史的研究をされている方もおられることでしょう。それはそ
れで、立派な研究テーマになりうるものです。
ではありますが、そういった営みは既に、歴史学の領域に属していることな
のです。基本的に、学校で学ぶ「日本史」と「歴史学」はまったく別個の性格
を持つものなのです。その根本的な違いは、先にも書いたように、後者が歴史
上の出来事に「意義」を与える作業とすれば、前者は、研究者が与えたその意
義を最大公約数的に学び取る作業なのです。例えば、先の論文で、安良城氏は
幕藩体制社会を規定した事柄を、太閤検地の他にもいくつか挙げておられます
が、それを日本史の授業で学ぶことはありませんし、また、その必要もないで
しょう。あくまで、その規定要因の中でも最大の要因である太閤検地の持つ意
味のみを教えれば、学校の日本史レベルでは十分だからです。
学校の日本史というのはあくまでも、古代から近代に至る私たちの足跡を、
通観的に、概括的に知ることを目標としているものだと思われます。そのため
には、歴史全体から見て、一つの歴史的事象にどのような意味があり、それは
後世にどういう影響を与えたのか、ということをこそまずは学ぶべきであると
思います。本質的に、歴史というのは、こういった事象の蓄積の上に成り立っ
ているものであって、その上に、私たち現代人は立っているのですから。
最後に強調しておきたいのですが、このことは無論、兵器について教えるの
が無意味だと言ってる訳ではありません。そういったことを知識として教える
のも重要なことではあるとは思いますが、あくまでも、どちらを優先して問う
べきか、どちらの方をまず知っておくべきか、ということになると、やはり、
通観的に見た歴史的意義のほうではないのか、というまでです。
<あとがき>
それぞれの歴史事象に与えられた意義を「学び取る」立場から離れ、歴史事
象に意義を「与える」立場に移ってはや四年。この間、私は歴史事象に意義を
与えることの難しさを知ると同時に、歴史を通観的に見て、その意義を学ぶこ
との重要性をますます強く感じ始めました。今回は、そんな気持ちに促されて
筆を取りました。この文章を公表するに当たっては、今まさに、授業で日本史
を学んでる小中高生のみなさんからの感想を聞いてみたく思います。ご意見ご
感想を心からお待ちしております。また、掲示板に、今回の文章を書くきっか
けとなる投稿をしてくださったアズミさんに感謝申し上げたいと思います。
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