原文
この状は法令のおしへに違するところなど少々候へども、たとへば律令格式はまな(真名)をしりて候物のために、やがて漢字を見候がごとし。かな(仮名)ばかりをしれる物のためには、まなにむかひ候時は人の目をしいたるがごとくにて候へば、この式目は只かなをしれる物の世間におほく候ごとく、あまねく人に心えやすからせんために、武家の人へのはからひのためばかりに候。これによりて京都の人の御沙汰、律令のおきて聊(いささか)もあらたまるべきにあらず候也。
凡(およそ)法令のおしへめでたく候なれども、武家のならひ、民間の法、それをうかがひしりたる物は百千が中に一両もありがたく候歟。仍(よって)諸人しらず候処に、俄に法意をもて理非を勘(かんがえ)候時に、法令の官人心にまかせて軽重の文どもを、ひきかむがへ候なる間、其勘録一同ならず候故に、人皆迷惑と云々、これによりて文盲の輩(ともがら)もかねて思惟し、御成敗も変々ならず候はんために、この式目を注置れ候者也。京都人々の中に謗難を加(くわうる)事候はば、此(この)趣を御心え候て御問答あるべく候。恐々謹言
九月十一日 武蔵守
駿河守殿
法令:律令格式などの公家法
まな:真名。漢字のこと。
しい:癈う。器官の働きを失うこと
めでたく:立派で優れていること
百千が中に一両もありがたく:100人1000人のうちで1人2人もいそうにない
法意をもて:律令の趣旨により
ひきかむがへ:つきあわせて調べる
勘録:勘録状。諮問にこたえて調査し、考えた内容を詳しく記して上部機関に提出する意見書
武蔵守:執権北条泰時
駿河守:六波羅探題北条重時。泰時の弟。