政治家になりたい若者(前編)
by fano
第四回目は少し手抜きで、クセノポンの「ソクラテスの思い出」から、一つのエピソードを取り出してみます。この本はソクラテスの弟子の一人であったクセノポンが書いた多くの著作の一つで、よく読まれている本であると思います。この本はソクラテスが裁判で有罪になった事に対して、それが不当であると主張する本ですが、ほとんどがソクラテスのエピソード集といった感じです。
アリストンの子グラウコンはまだ二十歳にならないのに、政治家になりたいと思って、民会の演壇にのぼっては、引き降ろされて、笑い者になっていました。当時は十八歳以上は市民として民会に出席できましたが、彼は演壇にのぼるのには若すぎたのです。当時の民会ではあまりにもくだらない話をしたものや、このように若すぎるものは野次や嘲笑とともに引きずり下ろされるのが常でした。
でも、これを誰も止めさせることができなかったので、グラウコンがプラトンの弟であるという縁で、好意を持っていたので、グラウコンに出会ったときに、引き止めて次のように尋ねました。
「グラウコン、君は国家の頭に立とうと考えていてくれるのだね。」
「そうです。ソクラテス」
「それは大いに結構なことだ、人間の世界にこれに勝るものはない、国家に名がとどろき、次にギリシアの世界、そして、テミストクレスのように外国まで名を広めることができる。何処へ行こうと人々の注目の的になるだろう。ところで、君は尊敬を得ようと望むなら、国家に尽くすことも必要なのは明らかだろう。」
「それは大いにそうです。」
「では聞かせてくれ、君は何からはじめて国家に尽くそうとするのか。」
グラウコンが黙り込んでいるのでソクラテスは
「国家をいっそう富裕にしようとするかね。」
「そうです。そうします。」
「国家の収入が増したら、国家は富裕になるのではないか。」
「まあ、そうです。」
「では、聞かせてくれ、今、国家の収入は何から出るのか、総額いくらか。そうすれば、君はその中で少なすぎるものは増額し、取り落としがあればそれを加えるようにしようとしているだろうからだ。」
「しかし、まだそんなことは研究していません。」
「よろしい、これをまだやっていないなら、国家の出費について聞かせてくれ。」
「ですが、実のところ、まだその暇がありませんでした。」
「それでは国家の富を増すことはあとまわしにしよう。出費も収入も知らないで、これらの面倒を見ることがどうしてできようか。」
「ですが、ソクラテス。敵からとって国家を富ますことができます。」
「それは大いにそうだ。が、敵よりもこっちが強いときに限る。弱い場合は今ある物もなくしてしまうだろう。されば、いかなるものと戦うべきか助言するものは国家の兵力と、敵の兵力とを知っていなくてはならない。こうして、国家の兵力が強大なときには戦いをおこすように勧告し、敵の方が強ければ、用心するように説き伏せなくてはならない。」
「おっしゃるとおりです。」
「それでは、まず最初に国家の陸軍と海軍の兵力を話したまえ。その次に敵のを言いなさい。」
「しかし、そんな事はそらではいえません。」
「よろしい、もし書き留めてあるなら、それを持って来なさい。わたしはこれを聞くのが大好きなんだから。」
「ですが、これもまだ一向に書きとめていないのです。」
「それでは戦争について助言することも延期としよう。君はまだ政権一年生で多分ここまで研究が行き届かなかったのだ。ところで、国内の守備隊については君もすでに心を注ぎ、守備隊のいくつが適当な位置にあり、いくつはそうでないか、また守備隊はいくらで足りるか承知していると信じている。そして君は適当な位置にある守備隊を増強し、無駄な守備隊を廃止するように勧めるだろう。」
「それどころか、わたしは全部廃止するように勧めます。それは彼らの守備ぶりは土地の産物がみな盗まれるような守備だからです。」
「もし、守備隊を廃止したりしたら、盗みどころがおおっぴらな掠奪まで勝手次第になるとはおもわないのか。しかし、君は田舎へ出掛けてこれを調べたのか。それともどうやって彼らの守備が悪いと知っているのか。」
「推察するのです。」
「それではこの問題についても、我々は推察なんかではなく、真にこれを知ってから、助言することにしよう。」
「おそらく、その方がいいでしょう」
とグラウコンは言いました。
-つづく-
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