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太平洋戦争について・経済編


先に「太平洋戦争について・軍事編」で、軍事的な理由から日本は勝てるわけがなかったことを説明してきましたが、次に経済的な側面から太平洋戦争を見ていきまます。
まず太平洋戦争の引き金になった日本の植民地政策について考えていきましょう。
まず日本は無茶苦茶な方法で満州国を独立させ、誰が見ても傀儡政権だとわかる体制を築きました。これが俗に言う満州異変ですね。その後も南インドシナ、現在でいうベトナム・カンボジアを占領し、明らかに国際秩序を乱す行動に出たわけです。それもイギリスのような洗練された手法ではなく、余りにも強引な方法でした。

これに諸外国が反発して、満州国を返しなさい、インドシナから撤退しなさい、とか何度も勧告したのですが、日本はせっかく得た植民地を手放す気はなく、とうとう戦争に突入して行くわけです。
本当はこれ以外にも統帥権の問題など、色々なことがあるんですが、本題からずれてしまうのでここでは触れません。
結局日本の植民地政策が諸外国の反感を買い、太平洋戦争が勃発したわけですが、そこまでするほど植民地は日本にとって必要だったのでしょうか?そもそも何故植民地は必要なのでしょうか?なにをいまさら、と言う方もいるかもしれませんが、植民地というのがよく分かっていない人が意外と多く、シミュレーションゲームの領土と同じように考えてしまいがちなのですが、それとは全然別物です。

産業革命がイギリスで始まって以来、ヨーロッパ諸国は商品生産能力が飛躍的に上昇し、大量生産の時代に入りました。そしてあまりにも生産能力が上がったため、国内で商品が余ってきたのです。この大量の商品をさばくために、植民地の存在が絶対不可欠になってきたのです。特にインドなどは人口も多く、大量の商品をさばくにはもってこいでした。
また、大量の商品を生産するには大量の原料が必要です。賃金が高く、また土地もそんなに余っていないヨーロッパで原料を供給するよりは、植民地の安い労働力をフルに使って、大量の原料を本国に送るほうが安上がりだったのです。
ですから植民地は列強の市場であるとともに、その原料の供給地でもあったわけですね。

では日本の場合はどうだったのでしょう?
まず日本は国内で商品がだぶつくほど生産能力はありませんでした。今でこそ日本は世界第二位の国力を誇っていますが、当時はまだ列強の仲間入りを果たしただけに過ぎず、外国で商品を売りさばくほどのものはなかったのです。ですから市場としての植民地は必要なかったのです。

次に原料供給の場としての植民地の必要性ですが、前にも言ったように生産能力がもともと高くないわけですから、原料もそれほどいらなかったわけです。それでも産業革命をしている以上原料は必要になるのですが、当時日本が必要としていた原料は綿花・石油などでしたが、日本が占領した満州国などではあまり生産されていませんでした。であるのに日本は満州国は大豆がとれるから占領すべきだ、などとわけのわからないことを言って、満州国を建国したのです。ようは列強の真似をしたんでしょう。

このような敢えてする必要性のないことにこだわって、日本は戦争を始めたのです。こんなことで戦争をした国を私は聞いたことがありません。間違っても米・英・仏・蘭四国とわたりあえる国力などありませんでした。
国力という観点から見ても日本は戦争するべきではなかったのです。









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