嘉永六年

龍馬、家老福岡宮内に対して江戸への武芸修行を願い出る。
父八平は龍馬に三箇条の訓戒をしたためて与えた。

修行中心得大意 一、片時も忠孝の心を忘れず、修行を第一とすること。 一、色々な道具に心を奪われお金を使いすぎないように。 一、色事にうつつを抜かして国家の大事を忘れ、心得違いをすることのないように。 上の三ヶ条を胸に刻んで修行を積み、めでたく帰国するように。 以上。 丑三月吉日　　　　　　　　老父（印） 　　　龍馬殿

解説 土佐藩では郷士の家はみな家老の支配下に置かれていました。 坂本家を預かっていたのは福岡宮内（孝茂）。

「小栗流和兵法事目録」を日根野弁治より授けられる。
この目録を見たい奇特な人はこちらへ

解説 「小栗流和兵法事目録」は小栗流和術の初伝目録。龍馬の五年間の修行が認められたのでしょう。 あるいは、江戸へ赴く龍馬への餞別の意味も込められていたのかもしれません。

翌十七日に土佐を出立するにあたり、国境の通行手形を藩役所から受け取る。

解説 龍馬の土佐出立にあたって、こんなエピソードが残っています。 龍馬が出立する時、親族はみな彼を領石村まで送った。村は高知城下から４、５里であったが、途中龍馬を見失ってしまい、みな愕然としてお互い聞き合ったがどこへ行ったか分からず、従弟の山本琢麿に龍馬を捜させた。彼は走り回って道行く人に聞いたが、知っている人はいなかった。かねてから龍馬と親しかった人の家の門を鳴らしたが、返事がなかったので、人が居ないのかと家の中へ入ると、どうしたことか龍馬はここに居た。旅の荷物を傍らに、錦絵を見て振り返りもしなかった。山本は龍馬を呼んだが返事をせず、袖を引いて注意すると、龍馬は一言も言わず残念そうに立ち去った。 風変わりな龍馬らしいエピソードですね。

江戸の土佐藩屋敷に到着。桶町千葉定吉の道場に入門し、北辰一刀流剣術を学び始める。

解説 桶町にあった千葉道場は、北辰一刀流開祖千葉周作の弟である定吉が経営していました。しかし、この月の２１日、龍馬の入門とほぼ同時に定吉は鳥取藩の江戸屋敷に仕官してしまったため、実際に龍馬に剣を教えたのは長男の重太郎であったと思われます。

ペリー提督率いるアメリカ艦隊が浦賀沖に来航する。

解説 わずか１年余りの江戸遊学の間に、ペリー来航という大事件に出会ったことは、後の龍馬の活動に大きな影響を与えたことでしょう。

父八平に近況を報告する。

一筆啓上します。秋の気配がだんだんしてきて、いよいよご機嫌もよく目出度いことと思います。私は何事もなく暮らしておりますので、ご安心下さい。兄さんのもとにアメリカの事について申し上げたので見て下さい。急用があったのでちょっと乱雑だと思うかもしれません。異国船動員は先頃免除されましたが、来春には又人数に加わるかと思います。 恐惶謹言 九月二十三日　　　　　　　　龍　　 父へ 異国船が色々な場所に来ているようなので、戦も近い内にあると思います。そのときは異国の首を取って帰国いたします。

解説 ペリー来航に対して、６月６日、幕府は江戸湾の沿岸に藩邸を持つ諸藩に動員を命じました。土佐藩もその一つで、江戸詰めの藩士が多数、品川の下屋敷に集められました。龍馬もこの時召集されたらしいことが、上の手紙からうかがえます。

佐久間象山に入門し、西洋砲術を学び始める。

解説 佐久間象山は信濃国松代藩士で、勝海舟の妹を妻にしていました。開明的な西洋兵学者として知られ、江戸に砲術塾を構えていました。当時佐久間塾には十数人の土佐藩士が入門していたため、龍馬も彼らの紹介で入門したのかもしれません。 なお象山はその後吉田松陰の密航計画に協力したということで、４月６日に幕府に逮捕されてしまうため、龍馬に砲術を教えたのは、きわめて短い期間であったということになります。